沖 琉 ネット

 

 

年頭所感
 年明けてもう正月気分はないが、まだ1月(下旬)なので、遅まきながら、年頭の初思いを述べてみることにした。
 政治・経済・国家間等世界では、様々なハプニング事が起きていて、その続きで今年の2017年は大変革が起きるのではと、
危惧なのか、期待なるものかの判断に迷っている状態に陥っている。
イギリスのEU離脱によるEU各国への影響、韓国大統領弾劾による新大統領のスタンス、アメリカトランプ新大統領の
突飛な政策による各国との関係構築、日本と中国・ロシアとの新たなる展開、中東の問題等、
今年は何かしら混乱が起こりそうである。新しい秩序への混沌の始まりか?
新たなるテロ、紛争・地域戦争の恐れ、あるいは経済戦争等、政治家だけでなく、経済界や国民一人ひとりにも
及ぶような重大なる現象が起きそうな気配がする。
 我が沖縄においてはどうなるのであろうか?!
特に基地問題が第一義的重要な問題になるであろう。そこから派生する様々な事象が発生するからだ。
何をもって”正”とし、何をもって”不義”とするのか?
人それぞれの意見・主張があり、必ずしも一つに絞ることが適正だとは思わないが、
基地問題の観点からすると、私的には二通りの立場があるように思える。
一つは、基地は悪いものだから造らないし、造らせてはいけない。平和には必要ない。人間性善説に基づいた立場だ。
片やもう一つは、人間私利私欲的の立場を取れば、欲得の集団である国々は、それぞれが自分の国を慮って、
他所の国と対立し、外交問題が話し合いで解決不能となれば、力に訴えてでも自国の言い分を達成させようとする。
そこに武力による抑止力論が発生し、軍拡の流れが出来てしまうのだろう。
 世界に一つだけの警察的軍事力(国連軍のみ)が存在し、各国が軍事廃止すれば、国連裁判や国連警察軍で
世界を統率でき、世界平和も訪れるだろう。
 しかし、現実は、ほとんどすべての国々が、軍隊を持ち、その軍事力も様々な様相を呈している。
強い軍事力を持った国は自国の言い分を通そうとするだろう。被征服者は隷従・隷属を誓い、
平和であればいい、生きてさえいればいい、貧しくても生活できればいい、という主義を選べば、それもあり得るだろう。
ただそこには、自由とか、享楽とか、競争・発展とか、個性、芸術、思想、諸々の人間としての尊厳が乏しくなり、
哀れさを享受することになるのではなかろうかと心配するのである。
それでも、国民の意思決定は選挙で決まるから、国の興亡は国民の価値観で決める事になるし、
運命共同体として国と人は歴史を作っていくことになるのだろう。
 周辺国の軍事状況を地元マスコミはあまり報道しないので、ネット・雑誌・テレビ等で見聞を広めることになる。
戦争の悲惨さと平和一辺倒だけを強力に押し進める報道の仕方には、誤てる国造りに加担してるのでは、
と勘ぐってしまうのは”杞憂”という私の初思いなのでしょうか…  (1/26記)
  

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